「盲目の愛?』 | coffee house  

「盲目の愛?』

 谷崎潤一郎の代表作の『春琴抄』はお嬢様育ちで音楽的才能溢れる、我侭気侭でややサディスティックな盲目の美女(=春琴)とその奉公人でもあり弟子でもある佐助との一生涯の恋愛物語です。

                                
 37歳になった春琴は、(おそらくは)弟子の一人に逆恨みされて、就寝中に顔に熱湯を浴びせられ、自慢の美貌が焼けただれ見るも無残な姿になってしまいます。盲目ながらも美意識とプライドの高い彼女はその顔を他人に見せることを厭い、30年近く彼女に仕えていた佐助にさえ顔を見ないように、と命じます。

 その憐れな春琴の様子に触れた佐助は、早朝に縫い針を取り出して鏡の前に座り、自らの両目に突き刺して光を失います。そして春琴に、目の病気にかかって視力を失った、と告げます。それを聞いた春琴は「ほんとうか」と訊ねて長く黙り込みます。そのときの佐助の描写です。


            

                            

佐助は今こそ外界の眼を失った代りに内界の眼が開けたのを知り嗚呼此れが本当にお師匠様の住んでいらっしゃる世界なのだ此れで漸うお師匠様と同じ世界に住むことが出来たと思った

       

   

 二人の関係はいわゆる「純愛」ではないかもしれませんが、どうやら「本物の愛」であることにはかわりないようです。(しかも実話ベースのようで・・・。) 春琴は佐助のこの知らせを聞いて一瞬喜んだような素振りを見せますが、それはこのときになってやっと引け目なく素直に本心から佐助を愛せるようになったからで、一方の佐助も視力を失うことによってはじめて何の迷いもなく混じりけもなく純粋に春琴を愛せるようになったんじゃないかと思います。

 その後の二人の関係に劇的な変化はないものの、とても穏やかな深い愛情に包まれた視覚のない感覚的な生活が続くので、なにやら異次元に放り込まれたようなゆらゆらした感じがします。それがとても気持がいい。

                  

 現代の日本の作家たちではなかなか届かない美の極致のような場所のお話をたった70ページそこそこで描いてしまうのですから、なんともありがたいことだなぁと思いました。

         

 谷崎潤一郎 『春琴抄』 (1951年:新潮文庫)