「飛行機で眠るのは難しい」 小川洋子 (『まぶた』より) | coffee house  

「飛行機で眠るのは難しい」 小川洋子 (『まぶた』より)

 少し前に『博士の愛した数式』が大ベストセラーになった小川洋子さんですが、僕はどちらかというとこの人の短編小説の方が好きでこの短編集『まぶた』なんかは なかなか読み飽きずにときどき読み返したりして安らかな気持ちになったりします。どれも面白いのでべつにどれを選んでも良かったんだけど、なんとなく「飛行機で眠るのは難しい」を選んで読んでみました。

 

 男と女が機内で隣り合わせになって、男が女に話しかけるところから物語が始まるのですが、その第一声が「飛行機で眠るのは難しい。そう思いませんか? お嬢さん」ということです。男は女に飛行機で眠るコツを教えます。

   


「とにかく目を閉じることです。暗闇の中に閉じこもるんです」(略)「そしてその暗闇に、、眠りへ導いてくれる物語を映し出すんです」(略)「誰でもその人固有の、眠りの物語を持っているはずです。怯えないで、緊張しないで、さあどうぞ、と言いながら眠りの世界へ導いてくれる、案内役をね」
  

 

ここから彼の眠りの物語についての語りが始まります。15年ほど前に彼が乗り合わせた飛行機で、隣席の人が永遠の眠りにつく瞬間を看取ったという体験談を静かなトーンで語るんだけれども、その内容がとてもやさしくてあたたかい話でありながらもどこか冷たくて暗い話でもあって、静かな話なんだけれどどこか騒々しい感じがして、といったちょっと不思議な感じのするお話です。

 この短編集のお話はどれも、あったかいんだけどどこか冷たい感じがしたり、やさしいんだけど厳しい感じがしたり、明るいんだけれどもどこか暗かったりする、ある意味ではとても現実的な物語で、読んでいてとても心地よくなりました。

   

   小川洋子 『まぶた』 (2004年:新潮社文庫)